今日から本格的に自分の経験を書いていきたいと思う。
20代前半、社会人の成りたての頃に遡る。
その頃、僕はいつも死ぬことばかり考えていた。
通勤時、電車に飛び込んで死ぬ。
会社の屋上から飛び降りて死ぬ。
部屋で首を吊って死ぬ。
いきなり暗いメッセージを発することを許してください。
社会人になって、僕の環境は激変した。
ひとつは4年間付き合っていた彼女と別れたこと。
もうひとつは入社した会社の配属先に恵まれなかったことである。
彼女とは大学4年の時に結婚の約束をしていたが、卒業後は当然別の会社に入社した。
それから一ヶ月ちょっと経った5月に「もう好きじゃない」とだけ言い残し僕の元を去っていった。
僕の話は一切聞いてくれなかった。
新宿駅東口改札で、僕はただ立ち尽くし、彼女の背中が消えていくのを見ることしかできなかった。
別れた本当の理由は今でもわからない。
多分、他に好きな男でもできたのだろう。
一方、新入社員として入社した会社で配属されたのは、入社一ヶ月目の新人に
「死ね」「辞めろ」「クズ」
などと怒鳴りつけ、朝7時から夜12時まで働かせるような部署だった。
メールでの人格攻撃も容赦なく繰り返し行われた。
社内でもブラック労働(環境)で有名な部署だった。
今思うと、そんなことしかできない3、40代の大人がいること自体笑い話にできるのだけれども、当時の僕は上司・先輩が怖くて仕方がなかった。
ちなみに、その後パワハラや加重労働に対する意識が全社的に劇的に変わった。
当時の上司は次々に閑職に追いやられることになったようだ。
僕は社内で前近代的な体質を味わった最後の世代といえる。
その部署では、入社3年目くらいまでの若手は、口をそろえて「死にたい」と言っていた。
僕も入社して3カ月で体重が5キロ落ちた。
どう考えても異常である。
ビルの20階から見る都会の景色は奇麗だった。
ここから飛び降りたら楽になれる、と冗談抜きで毎日考えていた。
ある休日、食欲がずっとなかったので医者に行った。
診察室に入る僕はきっと死んだ魚のような表情だったと思う。
医者に症状を聞かれたので
「なんだか、仕事が忙しいせいか食欲がないのです」
と弱々しく言った。
詳しく覚えていないが、その後いくつかの質問を受けた。
「君は疲れているんだなぁ」と医者は優しくうなずいていた覚えがある。
会計を済ますと、受付で「ドグマチール」という薬を処方された。
医者からは、食欲を増進するための薬だと説明を受けた。
念のため、帰ってからインターネットでこの薬について調べてみた。
「脳内の伝達物質(ドパミン)に作用することにより、
抑うつ気分、不安、緊張、興奮をしずめ、精神状態を安定化します。
通常、うつ病・うつ状態の治療や精神状態の安定化に用いられます。」
と書いてあった。
ああ、僕は精神病になってしまったんだ、と当時は思ったものであった。
(心の病を持たれる方を差別していた訳ではないです)
こんなふうに、僕はすっかり弱っていた。
ちなみに、もらった薬はなんとか服用せずに乗り切った。
ここで薬に頼ってしまっては、一生普通の社会生活を営めないかもしれないと思ったからだ。
その後、状況はずっと変わらなかった。毎晩毎晩泣いて過ごした。
こんな人生が一生続くのであれば死んだ方がマシだといつも思うようになった。
明日目が覚めなかったらいいのに、と願っていた。
心配した母親が、2~3日に1回電話をくれた。
母の声だけはいつも優しかった。
気づけば、女性とは無縁で、上司におびえ、たまに溜まったお金で風俗に行くような、悲しい若者になっていた。
このような状況が約2年続くことになる。
今思い返しても、地獄のような日々だった。
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<回顧してみる>
最初から暗い話をしてしまって申し訳なかったのですが、これが僕の社会人スタートです。
4年付き合った彼女は人生で5人目の彼女であり、初めて長く付き合った彼女でした。
付き合っている間、僕は彼女のことが大好きすぎて、メールが返ってこないといつも心配して電話したり、督促メールを送ったりしていました。
他にも枚挙に暇がないほど、もう典型的なAFCだったんです。
後の女修行を通じ、こういった愛情表現は逆効果であることを学んでいくわけですが、
当時はこういうことを優しさであると履き違えていたのですね。
ちなみに、AFCとはナンパ用語で、Average Frustrated Chump の略です。
「欲求不満のバカ」と訳すらしい。女性にモテたいと思いながらも、そのスキルはなく、度胸もない。
常に女性の機嫌を伺い、酒や食事をおごり、やデートをしたがる男のことを指します。
仕事についても、今思い返せば、自分のメンタルが極端に弱いせいで落ち込んでいたことも多々あったように思います。
僕は学生までまったくと言っていいほど人に怒られたことがなかったんですね。
社会人として当然のことを指導してもらっていたのに、それをパワハラだと勘違いしていたことも多いと思います。
当時の上司には本当に申し訳ない気持ちで一杯である。
結局のところ、女性関係も仕事も意識と経験次第でどうにもなるということをこれからお伝えしていきたいと思います。