
分厚いノート一冊主義
これは、私が私淑する元外交官で作家の佐藤優氏が提唱する記録法である。
その日あった出来事、芽生えた感情、読んだ本で参考になった箇所、勉強になった新聞記事などを記録に残しておくかは、悩ましい問題である。
手書きにせよ、電子的な形にせよ、記録を作成するのにそれなりの時間がかかるからだ。
ならば、新しい本を読んだり、別のことをしたりした方がいい(要は時間がもったいない)という考え方もできるだろう。
しかし、私は一度何かを見ただけで正確に記憶ができるようなスペックの脳ミソではないため、高速でたくさんの本や資料を読み飛ばして不正確な知識を身につけるより、少量であっても正確な知識を身につけたほうが将来的に役立つと考えている。
また、仕事をしていて猛省したこと、絶対に許せなかった出来事なども、時間が経つと段々と忘れてしまうものである。
記憶というものは薄れてしまうものだ。必要なときに必要な情報を引き出せなければ意味がない。いざというときに役立たない知識など、いくら詰め込んでも無駄なのである。
なので、脳のデータベース容量が大きくない私は、ノートという外付けのハードディスクに記録をすることを大切にしている。
では、どのように記録を残すかということが本日のメインテーマなのだが、これが佐藤優氏の『読書の技法』という本で、読書ノートの作り方という文脈で語られている「分厚いノート一冊主義」である。
曰く、読書専用ノートや抜き書き専用ノートを作る必要は必ずしもないということだ。
いま使っている手帳やスケジュール帳、日記帳と兼用でもいい。
氏はノートは1冊に集約し、読んだ本の抜き書きやコメントに加えて、語学の練習問題の解答から仕事のスケジュール、簡単な日記(何を食べたか、誰と会ったか)まで、すべて時系列で記すようにしている。
後で読み返せるように、できるだけ厚いノート1冊に、「記録」「学習」「仕事」のすべてを集約するのが、筆者にはいちばん効率的ということだ。
私もほとんどこの通りノート1冊に情報を集約するように努めている。私流に少しアレンジしているのは、スケジュール(未来の予定)についてだけは手帳を使ってはいるものの、それ以外の、そのスケジュールの結果がどうだったのかの振り返りも含め、全ての情報をノートに集約するようにしている。
こうやって、思い切って一つのノートに情報をまとめようとすることはなかなか良い。
何をするにも机の上にノートとペンをおいておくようになり、こまめにメモを取る習慣がつく。
そして、オススメはちょっといいノートやボールペンを使うことだ。これでメモを取るテンションが上がっていく。
理想はモレスキンのノートにパーカーのボールペンくらいの値段のものなのだが、庶民の私の場合は、サラサグランドとアマゾンベーシックのノート(両方とも1000円以内)で十分である。
アマゾンベーシックは完全にモレスキンのパクリだと思われる(いい意味で)。
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そんな感じで、日々の記録ノートは7冊になった。私の人生の記録である。死ぬまで続けていったら100冊を超えそうである。
そして、一番大事なのはせっかく取った記録を見返すことだが、それがなかなかできてない。
これもできれば年末年始の休暇で全て読み返したかったのだが、さすがに分量的に難しかったので、次のGWか夏休みか。
今年のGWも1日有給をとれば4連休を2つ作ったり後半を5連休にしたりできそうなので、周りが休んでいる間に自己研鑽を頑張りたいと今から思っている。
おしまい

