一匹狼の回顧録

30代の孤独な勤め人がストレスフリーな人生を考える

私も大人に(おっさんに)なった

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気づけば、ブログを書き続けて7年目に突入する。毎朝毎晩、PCの前に座ってキーボードを叩く作業は、今では完全に生活の一部だ。もはや歯磨きと同じで、やらないと気持ちが悪い。

思い返せば、2018年。当時の自分は、今と比べて相当に荒んでいたと思う。他人に対する悪意が文章に散りばめらているのを見るとそれがよくわかる。あの頃は、前職で理不尽な左遷を食らい、社内での人間関係も最悪。やさぐれた気持ちを何とか発散するために、ブログを書いていたようなものだった。

しかし、ここ数年でメンタルは驚くほど安定している。それはなぜか? 理由はいくつかある。順番に書いていこう。

 

自己啓発書とビジネス書の「効き目」

まず最初に挙げるべきは、時間が有り余っていたので、自己啓発書やビジネス書を読み漁ったことだ。誰が書いたかわからない薄っぺらなハウツー本ではない。いわゆる「名著」と呼ばれる類のものだ。行動経済学や心理学関連の本もかなり読んだ。

だが、その積み重ねは無駄ではなかった。「怒りは無駄だ」「他人は変えられない」「自分の機嫌は自分で取れ」など、昔は小賢しく聞こえたフレーズも、繰り返し読み、実践することで腹に落ちた。こうなると、余計なことで腹を立てることもなくなる。思えば、昔は感情のコントロールが下手くそだった。ただ、それだけのことだったのだ。

今では、自分の心の状態を冷静に観察できるようになった。イライラする相手とは距離を置くだけでいい。無理に理解しようとしないし、説得もしない。「ああ、あの人はおかしいんだな」と静観する。これは、年齢を重ねたからできるようになったのか、それとも本から学んだ知恵のおかげか。おそらく、その両方だ。

 

転職大成功──JTCを出て「勝った」という実感

もうひとつ、自己肯定感を大きく底上げした出来事がある。それは、約一年半前の転職だ。あの時の決断は、個人的には「大成功」だったと断言できる。

それまで在籍していたのは、いわゆるJTCである。昭和の価値観が色濃く残る、権威主義年功序列の温床のような職場だった。あそこで過ごした約15年間は、今思い返しても胃が痛くなる。特に、あの狭量な同僚たち。足の引っ張り合いが日常で、些細なミスを鬼の首を取ったように責め立てる。私は、理不尽な左遷を食らったあとも、奴らと顔を合わせるたびに怒りが込み上げていた。

だが、転職を機にすべてが変わった。環境がガラリと変わり、仕事も順調、収入も上がった。何より「あのJTCの連中よりも、今の自分は確実に上に行った」という実感が大きい。勝った、と思った瞬間、長年の鬱屈が嘘のように消えた。

人間、勝てばすべてが正当化される。これは紛れもない真実だ。JTCで燻っているあいつらを思い浮かべるたび、今は心の中でほくそ笑んでいる。「どうだ、俺の勝ちだ」と(笑)。

この「勝利感」は、何ものにも代えがたい。だから、他人に悪意を向ける必要がなくなったのだ。すでに決着はついている。勝負は終わっている。勝者は余裕を持つものだ。そんな気分で毎日を過ごしている。

 

女の尻を追いかけることにも飽きた

もうひとつ、最近になって強く感じる変化がある。女の尻を追いかけることへの興味が薄れてきたのだ。これは、おっさんになったことの最大の証拠かもしれない。

昔は、かなり熱心だった。合コンにも足繁く通い、ストナン・クラナン、マッチングアプリもフル活用。うまくいかない時は「この女はクソだ」と愚痴をこぼしていたものだ。

だが、今は違う。そもそも、そんなことに大量の時間とエネルギーと金を使うのが面倒くさい。気の合う女数人と静かに過ごす時間のほうが圧倒的に心地がいい。

年齢的な要因もあるだろう。体力も気力も、20代の頃のようにはいかない。ただ、それは「老化」ではなく「成熟」だと、あえてポジティブに捉えることも可能である。

 

まとめ──おっさんになったが、それも悪くない

こうして振り返ってみると、私は間違いなく「おっさん」になった。だが、これを悪いことだとは思わない。昔は「おっさん」イコール劣化だと考えていたが、今は違う。それは「安定」と「成熟」の獲得でもある。

毎日ブログを書き続けることで、過去の自分と今の自分の違いをはっきりと認識できるのは意義深いことである。記録し続けてきたからこそ、自分の成長が見える。それは、静かな喜びだ。

と、ここまで書いて思った。今日の記事も十分悪意を発露しているな、と(笑)。まあ、そんなことはどうでもいい。PCを閉じたら美味いコーヒーでも淹れて、静かに本でも読もう。

「おっさんになったな」と思う。でも、それは悪くない。むしろ、なかなかに心地よいものだ。

 

おしまい