
先日、ある女の家で缶ビールを片手にNetflixの『あいの里』を観る機会があった。恋愛バラエティには正直あまり興味がなかったが、その女性いわく「これは普通のとは違う。いろんな意味で見始めたら止まらなくなる(笑)」とのことだった。
あいの里は、35歳以上の男女が“本気の恋”を探すという設定のリアリティ番組である。出演者は年齢的には皆それはもう立派な大人である。だが、数話を観ただけで、強烈な違和感が襲ってきた。
ところで、この『あいの里』という番組、世間ではそれなりに話題になっている(なっていた?)ようだ。だが、正直に言えば、なぜそこまで人気があるのか私には理解できなかった。
“大人の恋愛”をテーマにしながら、その実態はまるで思春期の延長線のような言動のオンパレード。あれを観て「リアルだ」「共感する」と感じる層がいるとすれば、それはそれで恐ろしい現実だと思った。
若さにしがみつく人々の痛々しさ
画面に映る男女は、見た目こそ大人だが、精神年齢は驚くほど未熟に感じられる。
妙に自信過剰な女性。自分語りばかりの男性。
「この人たちの大半が、何も考えずに生きてきたんだろうな」
鑑賞しながらそう私が口にすると、隣にいたその女性も深く頷いた。
「私もそれ思ってた。なんか、みんな子供っぽいよね」
彼女は某大手企業でチームを率いるバリバリのキャリアウーマン。部下のマネジメントも、クライアントとの交渉も日常茶飯事のような現場で生きている。やはりそこに映る“幼さ”は相当なものだったのだろう。
特に印象に残ったのは、明らかに“見た目”で勝負している女性陣の存在である。彼女たちはスタイルや化粧、髪型にいたるまで抜かりない。だが、発言の端々に漂うのは、「私、まだイケるでしょ?」という焦りに近い空気。
その姿が、こちらにはむしろ“痛々しく”映る。外見に自信があるのは結構だ。だが、35を過ぎてなお外見一本で戦おうとするのは、もはや武器ではなく執着である。
これは決して女性だけの話ではない。男性陣も同じだ。やたら理屈っぽい発言で自分を大きく見せようとしたり、年下女性にモテていた過去をちらつかせたりと、こちらも同様に“痛い”。
そう、彼らに欠けていると感じたのは「人生の厚み」である。
若さは与えられるが、深みは積むしかない
かくいう私も、20代の頃は人の価値を外見で判断していた。可愛いだの、スタイルがいいだの、そんな表面的な部分でしか人を見ていなかった。そして、そのことを恥ずかしいとも思っていなかった。しかし、「若さ」とは、往々にしてそういうものである。
だが、今や自分もアラフォーだ。見た目の劣化とまでは言わないが、少なくとも“若さ”というパワーは確実に失われている。となれば、それに代わる武器を持たなければならない。
・会社で人を育てた経験
・仕事で責任を背負ってきた実感
・苦しい選択をしてきた記憶
・何かに一貫して打ち込んできた時間
そういった“中身の積み重ね”こそが、大人としての魅力であり、人間としての深みであると私は考える。若さは誰にでも一時的に与えられるが、深みは積み上げなければ手に入らない。これ、重要。
だからこそ、あいの里の出演者たちの空虚さが際立つのである。もちろん全員とは言わないが「何も積んでこなかった人間」が、年齢だけ重ねてしまったときの哀しさ。それが、画面越しにひしひしと伝わってくる。
外見で戦う限界と、自分自身への問い
もちろん、外見が全て悪いわけではない。人を惹きつける第一印象としての“見た目”は、今でも重要な要素である。だが、それはあくまで“入口”に過ぎない。関係を深める上で必要なのは、圧倒的に“中身”である。
仮に35歳の女性が見た目で勝負しようとしても、20代のフレッシュな外見にはどうあがいても勝てない。逆に、中身で勝負しようとしない限り、そこで勝負が終了してしまう。
これは決して他人事ではない。自分も、いつまでも若いフリをしていたら、同じように“空っぽなアラフォー”になるだろう。だからこそ、私は「中身で勝負する覚悟」を持ちたいと思っている。外見を捨てるわけではないが、内面を育てることに本気で取り組まなければならない。
それが、年齢を重ねた人間のあるべき姿である。
あなたは何を積み上げてきたか?
『あいの里』を観て感じたことをこうして書き連ねるうちに、これは恋愛番組ではなく、人生の縮図であると気づいた。
「年齢を重ねるとはどういうことか」
「何を持って、大人の魅力とするのか」
「そして、自分自身はそれに値する人間なのか」
缶ビールを片手に、そんなことを考えさせられた夜だった。
読者のあなたにも問いたい。
あなたは、年齢を重ねる中で、何を積み上げてきただろうか?
誰かに語れるような“苦労”があるか?
一貫して向き合ってきた“何か”があるか?
それとも、外見という薄皮だけで、いまだに勝負をしようとしているか?
人間の本当の価値は、年を取ったときにこそ問われる。
そして、真の魅力とは“若さを失ったあとに残るもの”だと私は思う。
おしまい