
「保存しない道具」がもたらす自由
便利な時代になった。
クラウド、同期、自動バックアップ——書いたものは即座に保存され、あらゆるデバイスで呼び出せる。
そんな中、私は近頃電子メモパッドという原始的なデジタルガジェットに注目している。
書ける。消せる。
それだけである。保存機能はない。アプリも通知も来ない。だが、それがいい。
なぜ使い始めたのか──“ノートの消費”へのささやかな疑問
私は、いわゆる“書くこと”にハマっている。仕事中の思考メモ、アイデア出し、頭の整理。毎日ノートを消費するペースが異常に早い。
会社の備品であるため問題はないはずなのだが、ふと思った。
これだけ大量に書いているのに、記録として残しているのはほんのわずかなのではないか。
書いた内容のほとんどが「一時的な思考」であり、使い終われば用済み。ならば、いっそ最初から“記録を前提としない道具”を使えばいいのではないか。そう思って手に取ったのが、電子メモパッドだった。
電子メモパッドとは
ご存じない方のために簡単に説明しておこう。
電子メモパッドとは、薄くて軽い液晶パネルにスタイラスで文字や図を描けるガジェットである。基本的に“書いて、ワンタッチで全消去”するのがスタイルだ。保存や共有機能は(高価な一部モデルを除いて)ついていない。
価格帯は安いもので1,000円から。大手ブランドであるキングジムの「ブギーボード」やエレコムのモデルなどが人気だ。数千円あれば、まずは“電子で紙代わり”という使い方を体験できる。最近は、ダイソーなんかでも売っているらしい。ダイソーおそるべし。
私は日々の思考の中で、このツールをいわば“落書き帳”として活用している。議論のメモ、アイデアの断片、フレームワーク思考の枠組み。A4方眼ノートのように使えるものを選べば、図解やロジックツリーもスムーズに描ける。
「書くこと」に目覚めたきっかけ
そもそも私が「書くこと」そのものの魅力に開眼したのは、ある一冊の本との出会いがきっかけだった。
高橋政史『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか』という本である。
論理の構造を視覚化し、考えを整理し、発信力を高める——方眼ノートはそのための“思考のフレーム”として活用できるという内容だった。
この本を読んで以来、私は書くことを単なる記録行為ではなく、考えるための行動として捉えるようになった。ペンを動かすことで頭が働く。書き出すことで思考が進む。
だからこそ、アナログの手帳と、スマホのメモアプリ、加えてこの電子メモパッドという第三の道具を、今後もうまく使い分けていきたいと思っている。
誘惑なき環境がもたらす“思考の純度”
さて、私がiPadも持っていながら、あえて電子メモパッドを愛用する理由はただひとつ——集中できるからである。
iPadは便利だ。手書きメモ、PDF注釈、クラウド同期、画面分割で資料を見ながら書くこともできる。
だが、便利さの裏に潜む「誘惑」の存在が問題なのだ。ついついネットに手が伸びる。YouTubeがちらつく。つまり、“書こう”として開いたはずのデバイスで、脳が別方向へ引っ張られてしまう。
電子メモパッドには、そういった雑音が一切ない。起動も不要。手を伸ばしてすぐに書ける。削除も物理ボタン一つ。何も残らないという潔さが、逆に思考の深さを生む。
この感覚は、ちょうどスマホとKindle端末の関係に近いと思う。何でもできるが注意が散るスマホと、読書だけに集中できるKindle。電子メモパッドは、まさに「書くことにしか使えないガジェット」という意味で、Kindle的な存在である。
「思考の一時置き場」としての位置づけ
私は、電子メモパッドの本質を“思考の一時置き場”と捉えている。書くことで考えが引きずり出され、形になり、思考が整理し終わったら潔く消す。
「記録しない」という選択は非常にラディカルだ。だがこの非効率が、むしろ思考のスピードと濃度を高めてくれる。
もちろん欠点もある
とはいえ、電子メモパッドが万能かと言えば、答えはノーである。
まず、保存機能がないため、残したいメモはスマホで撮影するか、別途転記する必要がある。筆圧検知や線の強弱もなく、細かい図や字は潰れてしまうようなモデルも多い。解像度は低く、文字の美しさは求めてはいけない。
だが、この“不便さ”すら、私は気に入っている。なぜなら、安易に保存できないことが、逆に「考えながら書く」「必要なことだけ書く」という習慣を強化してくれるからである。
「残さないこと」が創造力を研ぐ
人間の脳は、意外と“メモしたもの”を記憶しない。書いたから覚えた気になり、逆に頭から追い出してしまう。
だとすれば、「メモが消えること」こそが、考え続けるきっかけになり得るのではないか。実際、私は電子メモパッドにアイデアを書いては消し、また少し形を変えて書き直すという作業を何度も繰り返している。書いた内容が残らないからこそ、脳が「また考え直す」モードになるのだ。
これは、まさに“書くことで考える”を地で行くツールだと思う。文章を練る、企画を組み立てる、議論の構造を描く——そうした思考のラフスケッチとして、電子メモパッドほど気楽で、なおかつ効率のいい道具はないと思う。
おしまい

