
最近似たような記事ばかりだが、ハマっているので今日も読書ネタ。
私はこれまで、常にスマホを見ていた。
主にスキマ時間のニュースチェックのためだが、気づけばSNSやゲームに取られてしまうこともあった。
1日で言えば平日は90分くらい──往復の通勤と昼休みを合わせて、スマホを見ていると思う。
ある日から、その90分をすべて読書に当ててみた。細切れの時間も含めて、そのすべてを。
やってみたら、想像以上に捗った。
「読書ができないんじゃない。してなかっただけだったじゃねえか」と気づいた瞬間だった。
ビジネス書作家の中谷彰宏氏の『なぜランチタイムに本を読む人は、成功するのか。』という本で、以下のように書かれているが、本当にそのとおりだ。
「時間がない」と言っている人でも、「スマホを見る時間がない」とは言いません。 スマホはスキ間時間にチェックできるからです。
スマホを使うように、本を読めばいいのです。まわりのみんながスマホを出している時が、本を読むチャンスです。本を読む人は、信号待ちの間にでも読みます。
図書館の文庫本こそ“外読書”の最適解
最初は、自分で買った文庫本を持ち歩いていた。
でも、どうしても「丁寧に読みたい」という気持ちが勝ってしまう。これは長年の癖のようなものだ。
カバンの中で折れるのが嫌。水滴がつくのも嫌。
なんとなく“外で読む”のが億劫になる。
そこで試したのが、図書館の文庫本だった。
会社の近くにある小さな図書館で、ふらっと立ち寄っては1冊借りる。
そして、通勤と昼休みに読む。読み終わったら返す。それだけ。
気が楽。自分のじゃないから、言い方は悪いが汚れても気にならない。なぜなら、既に汚れているからだ。そう割り切ってから、習慣化が一気に進んだ気がする。
“時間の枠”が集中力を生む
通勤往復で往復約60分。昼休みで30分。
平日だけでも1日90分、週5日で450分。7時間半。
これだけの時間を、スマホで潰していた。
それを読書に置き換えると、1週間で1~2冊は余裕で読み終わる。
月にすれば最低4〜5冊。1年で60冊。これはとんでもない数だ。本の虫として自慢できる分量である。
「本を読め」と言われても、家ではなかなか腰が重い。
でも、決まった時間に読むと決めれば、スッと入れる。
“読むしかない時間”を自分で作ると、人間は不思議と集中できるようになるのだ。
読書はひとりの贅沢──だが街の中で堂々とやる
スマホだらけの電車で、ひとり文庫本を開く。
人混みのカフェで、静かにページをめくる。
この、勝手な謎の優越感。
誰かに見せたいわけじゃない。
でも、スマホ中毒の人混みの中で“読んでる自分”はなかなか良い。
ただただ、自分のためにページをめくっている時間。
たかが90分。されど90分。
スマホは、家で見ればいい。
外では読書に没頭する。
それだけで、日々の自分が変わってくる気がするのだ。
おしまい
