偏屈で何が悪い
若い頃は、人間関係にしても仕事にしても、「合わせること」や「我慢すること」をやったこともある(まあ、あんまりないけど)。
だが、アラフォーになり、完全に開き直りが訪れた。「もう、いいじゃないか」と。
たとえば、電車の中でアホ面下げてスマホをいじっている連中を見て、ふいに嫌悪感を覚えた日があった。
相手は何も悪くない。ただ動画でも見て、気を抜いているだけだろう。
でも、その緩んだ口元と虚ろな目を見て、妙に不快になったのだ。不快になるのは私の自由だ。
それ以来、私は電車内でスマホを見ない。見ないようにしている、というより「見たくない」のだ。
読書をして勝手にドヤっている方が、圧倒的に気分がいい。
偏屈な中年になった。だが、それでいい。そういう年の取り方も、悪くない。
私の嫌いな人々
もちろん、誰かに迷惑をかけない限り、人の行動をとやかく言うつもりはない。
でも、どうにも「嫌いだな」と思ってしまう人種というものが、この世には確実に存在する。
まず、歩きスマホ。
前を見ずにスマホをいじりながら歩く奴。最悪だ。
本人は、「周りがよけてくれる」とでも思っているのだろう。傲慢極まりない。俺はどかない。
次に、エレベーターの「開」ボタンを押せない奴。
誰かが乗り込もうとしているのに、無視して閉まるボタンをボーッと見ている。
気づかないフリなのか、本当に気づかないのかは知らないが、最悪に不親切な生き物である。
満員電車でリュックを背負ったままの奴。
言わずもがな。邪魔なのだ。邪魔。
混雑する電車で、自分の荷物の存在すら意識できないような奴は、公共の場に出るべきではない。
電車で平気な顔して食事をする奴。
フライドチキンを食う女子高生。パンをかじる中年男。
ニオイ、音、視覚的違和感。そのすべてが他人の迷惑になる。
家で食えよ、家で。
咳をしているくせにマスクをしない奴。
「マスクは任意」という話ではない。
人間として最低限の気遣いがあるかどうかの問題だ。
咳をまき散らす人間を見て、「ああ、日本の文明もここで終わるのだな」と思うことすらある。
最後に、後ろに長蛇の列ができているのに、マイペースで現金払いを続ける奴。
もちろん、現金払いが悪だと言いたいわけではない。
だが、混んでいるときぐらいは空気を読んでほしい。
クレジットカード1枚すら持っていない人間は、もはや老害の領域である。
時代は、キャッシュレスなんだよ。
嫌われる自由、語る自由
ご存知の通り、このブログは、無料で公開している。
だから、私は読み手に対して一切の責任を負っていない。そのために、金を取らないのだ。
それなのに、たまにこういう輩が現れる。
「内容が気に入らない」「攻撃的すぎる」「不快だ」などと、わざわざ連絡を寄越す人間だ。暇なのか。
言っておくが、私は一人一人の感想に応えるために文章を書いているわけではない。
不快なら、黙ってブラウザを閉じてくれればいい。それが、お互いのためだ。
それでも読みたいという奇特な人だけが、勝手に読めばいい。あくまで、勝手に。
そして、私はこれからも言いたい放題の偏屈なオッサンとして、誰に遠慮することもなく書き続けていく。
この偏屈な中年を、どうか笑って許してほしい。
それすら無理なら、もうこちらから願い下げである。
おしまい