直近の佐々木俊尚氏のメルマガ(佐々木俊尚の未来地図レポート|佐々木俊尚|note
)で紹介されていた『仕事するのにオフィスはいらない~ノマドワーキングのすすめ~』 という本を読んでみた。
この本は、それまで海外を中心に広がっていたノマド(ワーキング)という言葉を日本でもメジャーな存在にした先駆的な作品である。
「ノマド」とは「遊牧民」を意味し、ノマドワークは、特定のオフィスに縛られず、カフェやコワーキングスペース、自宅など、場所を移動しながら働くワークスタイルを指す。従来の固定されたオフィスでの勤務スタイルに対するアンチテーゼである。
2009年に出た本なので、さすがに「ノマド」という言葉自体に古めかしさは感じる。今となっては、誰もがノートパソコンを持ち、カフェや自宅で仕事をしている。その意味では、この言葉は既に死語に近いものを感じる。
だが、この本には今も通用する本質がある。
特に印象に残ったのは、「アテンション・コントロール」の章だった。
仕事においてアテンション(=集中力)を持ち続けようとしなくていいという話で、集中できる時間帯と、だらけてしまう時間帯を見極めて、それに仕事を適切に割り当てればいい。そのように書いていた。
自分も、職場では明確に「集中する時間」と「それ以外の時間」(主に「ネットサーフィンする時間」。「同僚との雑談の時間」は、得るものが少ないのでほとんど取らない)を峻別している。
つまり、自分の集中力の波に合わせて仕事を配分しているのだ。
これはまさに、本書で言われる「アテンションの波に乗る働き方」に他ならない。
この本を読んで、初めてそれを無意図的にやっていたことに気づいた。
実態がノマドかどうかは関係ない。場所よりもリズムの管理が重要なのだ。
オフィスはあるが、自由な働き方
私は原則オフィスへ出勤している(事情がある人はテレワークも可な環境)。だが、座席は決まっていない。フリーアドレスだからだ。
誰と隣になるかは日によって異なるし、そもそも誰とも隣にならない日もある。
コミュニケーションも基本チャットとメールで、会議以外で他人と話すことは少ない。会議自体もテレワークの人間や社外の相手がいればWEBもしくはハイブリッドでの開催になる。
上司が隣にいることもないわけだから、気を抜こうと思えばいくらでも抜ける。
だからこそ、逆に「どう自分を律するか」が問われる。
この環境は、見方を変えれば「ノマド的な空間」でもある。
カフェにいるのと本質的に変わらない。
自律が前提になっているからだ。
集中の波を読む
人間が集中できるタイミングは限られている。
私の場合、1日の中で数時間あればいい方だ。だが、その時間は過集中と言えるくらい濃密な時間になる。
それ以外の時間帯に無理をしても、成果は出ない。
午前中は比較的脳が冴えていることが多い。その時間は、企画書を書いたり、集中が求められるMTGをできるだけ入れる。
昼食後は頭が鈍る。その時間はネットニュースを読んだり、確認依頼を受けた社内資料を眺める。
15時以降は定型業務。前日のMTGのToDoを整理したり、チャットやメールを片づける。
このリズムは、意図して作ったというより、結果的にそうなっていた。
これからは、明確に「波を読む」ことを意識しようと思う。
無理やり集中しようとしない。自然と集中が高まる時間に、集中を要するタスクを置く。そうすれば、努力をせずに集中できる。
集中は根性ではなく、タイミングの問題だ。波が来たときに、それに乗れるかどうかだけである。
ネットサーフィンは悪なのか?
昼食後は集中が切れる。
繰り返しになるが、その時間帯に、意識的にネットニュースを読むようにしている。
決してくだらないゴシップ記事を読んでいるわけでなく、日経電子版やNHK NEWS WEBなどから、知っておくべき情報を取りに行く。これも自分に取っては仕事の一部であり、アテンションを回復させるための儀式でもある。
ネットサーフィンをしている人の方が、していない人より9%生産性が高いという。
ただし、全体の業務時間の20%以内に収めている人に限る。
ネットサーフィンは悪ではない。
タイミングと量さえ間違えなければ、それは回復の手段だ。
ノマドとは、外にいることじゃない
冒頭書いた通り、ノマドという言葉自体には、すでに時代遅れの響きがある。
カフェでMacBookを開く姿に新しさはない。
だが、どこで働いているかは関係ない。
自分の集中の波に合わせてタスクを組み替え、他人に管理されず、自分で自分をコントロールする。これがノマド的な働き方の本質だと思う。
であれば、自分は既にノマドワーカーである。オフィスにいながら、ノマドになる「出勤ノマド」とでも言おうか。
この本が出た当時、ノマドという言葉について、「ないよ、そんなもん」「何を空想論を語っているんだ」という反応が圧倒的多数だったようだ。
もちろん、現在では多様な働き方が一般的になり、特にコロナ禍以降のテレワークの普及により、本書の提唱した概念は現実のものとなっている。
本書は、日本におけるノマドワーキング概念の礎となった本であり、上述のとおり、オフィスへ出勤している会社員にも参考になる部分も多くあるので、是非読んでみてほしいと感じた。
おしまい
