
弁護士と仕事をしてわかった現実
最近、ある取引先とのトラブルが訴訟に発展し、担当である私は、弁護士と連携する機会が増えた。
こちらが法的な争訟に慣れていないせいもあり、期日ギリギリで各種の依頼をすることも多い。
それでも彼らは淡々と対応し、時に土日返上で修正を繰り返してくれる。
弁護士というと、崇高でプライドが高い、どこか雲の上の存在というイメージを持っていた。
だが実際は違った。依頼主であるこちらの方が力関係では上と思っているのか、彼らは驚くほど柔軟に、時に下手に出てまで仕事をこなしている。
そこに士業の威厳のようなものは一切感じない。
むしろ、徹夜のメール対応に追われる姿は、言い方は悪いが「法律ドカタ」だ。
「もらう側」の宿命
コンサルタントも似ている。
外から見ると華やかだが、実態は「請負の現場労働者」であるとよく聞く。
どんなに高学歴でも、プロジェクトを切られればただの人。
クライアントの顔色を伺い、無理難題をこなす。
それが仕事を「もらう側」の宿命なのだろうか。
私自身、発注する立場で仕事をしてみて気づいた。
どんなに高尚な肩書を持っていても、仕事の本質は「相手の課題を期限内に片づける」こと。
そこにロマンもプライドも入り込む余地は少ない。
立場が逆になれば、見える景色もまるで違う。
昔モテた職業のリアル
ひと昔前、「合コンでモテる職業」といえば、弁護士・医者・商社マン・マスコミ・外資金融・パイロットなどが定番だった。
要は「安定・高収入・ステータス」の三拍子。
だが今、その価値観も変わってきているように思う。
SNSを見れば、クリエイターやインフルエンサーが脚光を浴び、フリーランスやスタートアップの経営者が自由の象徴として扱われる。
一方で、スーツを着て深夜まで働く職業は、どれだけ年収が高くてもキツそうに見える。
もはや「何をやっているか」よりも、「どう生きているか」の方が魅力を決める時代になったのだ。
人生の満足度とは何なのか
私は弁護士のように法廷で戦うわけではない。パイロットのように世界中の空を飛び回るわけでもない。
だが、今のクリエイティブな仕事には考える自由がある。
それが多少給料で劣っても、人生としての満足度は高い。
優秀な弁護士の年収はおそらく私の2倍以上だろう。
しかし、クライアントのトラブル解決のために、週末に資料作りに追われる彼らを見ると、心から「羨ましい」とは思えない。
むしろ、どんなに地味でも自分の頭で考え、形にしていける今の仕事の方がずっと魅力的に思う。
派手さよりも、納得して働ける自由の方が心地よい。
モテる職業より、カッコいい生き方
合コンでモテる職業というのは、結局“ラベル”にすぎない。
その裏でどんな現実があるのか、多くの人は知らない。
そして、ラベルに頼らない生き方こそ、今の時代一番かっこいいのだと思う。
「昔モテた職業」よりも、「今、自分が楽しんでいる仕事」。
結局、それが一番なのかもしれない。
おしまい