小学生の頃、放課後はまだ公園とプレステが中心だった。
高学年になると、接続に時間のかかるインターネットに触れ始め、世界が少しずつ広がっていった。
高校生の頃にはガラケーが普及し、メールと共に人間関係の距離が一気に変わった。
社会人になった頃、まだ働き方改革は始まっておらず、議事録と資料の量産が新入社員の主要業務だった。根性論が当たり前の空気を吸いながら、一方でデジタルの可能性も感じていた世代。それが我々アラフォーのミレニアル世代である。
バブルの熱狂は知らない。氷河期の絶望とも距離がある。Z世代のようにデジタル前提で育ったわけでもない。
制度と価値観が過渡期にあった時代に社会へ出た世代としての特徴は、「旧時代の文法を理解しながら、新しい言語にも接続できる」ことにある。
AI時代が本格化した今、この立場は弱点ではなく、むしろ強みへと変わりつつある。今日はそんな話をしてみる。
結論として、ミレニアル世代は、条件付きではあるが、実はおいしい世代だ。いろいろ考えてみたが、その条件とは、次の3つの戦い方を選択できるかどうかである。
① AIを「意思決定の装置」として使う
アラフォーのミレニアル世代は、現場の作業者ではなく、年齢的に判断とマネジメントの結果に責任を持つ立場へと移り始めている。
ゆえに求められるAI活用は、Z世代のそれとは違う。AIを単なる効率化の道具として扱うのではなく、判断を補い、選択肢を増やし、リスクを可視化する装置として位置づけること。
作業の代替ではなく、意思決定の質そのものを引き上げる役割を担わせること。
「意思決定×AI」というレイヤーで武器化できる世代が、ちょうど今のアラフォー層である。
② 終身雇用マインドを捨て、ジョブ型の視点で働く
ミレニアル世代は、終身雇用と成果主義の狭間を現在進行形で生きている世代でもある。
安定志向がまだ同世代に多いのはありがたいことであり、そこにこそ差別化の余地が大きい。昭和的な価値観を理解しつつ、それに縛られず市場原理でキャリアを捉え直すことができる。
属する組織に評価を委ねるのではなく、自分の仕事を「どこでも通用する専門性」に変えていくこと。さらに、役割を会社内の肩書ではなく“市場で通用する機能”として定義し直す視点を持つことが重要である。
③ 世代翻訳力で組織と人を動かす
ミレニアルだけが持つ大きな優位性がこれだ。
働き方改革前夜の社会で、新入社員として根性論と上下関係を経験した世代は、昭和の言語を理解できる。
一方で、デジタルと合理性を前提とする令和の価値観にも接続できる。この「両言語理解」こそが代替不可能な希少資産である。
世代の断絶が深まる社会において、価値観の融合・合意形成・プロジェクト推進を担える存在は、AIに奪われない。組織の摩擦が増大する時代において、世代翻訳力は大きな力になる。ファシリテーター型のリーダーシップこそ、ミレニアル世代が最も輝く土俵である。
ミレニアルはむしろちょうどいい
アナログとデジタルの断層を歩かされた経験。
根性論の残りカスを浴びながらも、新しい技術に興味を持てた世代。中途半端でも、弱点でもない。それは「橋渡し」と「設計」の両方を担える、唯一の世代的ポジションである。
ミレニアルは不遇ではない。
ゲームのルールが急激に変わる今、むしろ最もリカバリーが効く世代だ。
AIを使い、ジョブ型で自分の価値を定義し、世代の翻訳者として主導権を握る。
それができる者から順に、ミレニアルは「おいしい世代」へと変わっていくと信じている。
おしまい