最近、また仕事が忙しいので分割睡眠をやめ、7時間連続で寝ている。
帰宅したら、食事もせず歯だけ磨いて即布団に入る。
驚くほど朝の気分がいい。思えば、7時間も連続で眠る生活なんて中学生以来かもしれない。ただし、分割睡眠をしたときの、夜の覚醒タイムがなくなるのは惜しい。
日中の快適さを取るべきか、深夜の集中力を取るべきか。いまの自分にとっては、なかなか悩ましいテーマである。
自分にとって分割睡眠がうまくハマる理由は明確だ。分割睡眠は真夜中に「第二のゴールデンタイム」をつくり出してくれる。仮眠から起きた23時前後の覚醒は、正直クセになる。ナンパでも勉強でも読書でも、あの時間帯は異様に捗る。まるで1日を2回まわしているような感覚だ。分割睡眠は生活の効率を底上げする裏技のようなものだった。
しかし最近ようやく気づいたことがある。分割睡眠が成立するのは、早く帰れる日だけであるということだ。21時に帰れた日はハマる。仮眠して、23時に起きて、第二ラウンドに入る。そのリズムが崩れない。
一方で帰宅が22時を過ぎると、仮眠のタイミングがズレて一気に崩れる。深夜に第二ラウンドを作ろうとしても、身体のスイッチが入らない。つまり、分割睡眠の問題は睡眠法そのものではなく、前提条件が厳しすぎる点にあった。
そこで忙しい時期は、思い切って7時間の連続睡眠に切り替えてみた。すると、これはこれで非常に快適である。朝の気分は安定し、日中のパフォーマンスもまるで別物だ。さらに、7時間睡眠のときは酒も飲まず、寝る2時間以上前に食事を済ませ、温かい布団に潜り、Kindleを読みながら眠くなるのを待つ。この寝る前の優しい静けさのようなものは、これはこれで最高だ。深夜に戦うようなテンションではなく、穏やかに一日を終える幸福感がある。
思えば、イーロン・マスクもジェフ・ベゾスもビル・ゲイツも、睡眠を重視している。マスクは「6時間は寝ないと頭が回らない」と言い、ベゾスは何があっても8時間睡眠を崩さない。ゲイツも睡眠を切り詰める働き方を否定している。結局、生産性は睡眠を削って作るものではないということだ。自分が7時間寝て圧倒的に朝が快適なのも、理屈としては当然である。
結論として、分割睡眠か連続睡眠かという二元論で考える必要はない。自分の生活の場合、帰宅時間でスイッチを切り替える二刀流スタイルがもっともしっくりくる。21時に帰れた日は分割睡眠で第二ラウンドを作り、22時を過ぎた日は連続睡眠で翌日の回復を優先する。この柔軟さが、自分の生活を支えているのである。
おしまい