2025年12月16日、個室サウナでドアノブが外れ、閉じ込められた男女が亡くなるという痛ましい事故が起きた。
サウナ室は2畳半の広さ。サウナ室には鍵がついていないものの、消防が駆けつけたときには、ドアは閉まっていました。ドアを開けるための木製の取手が内側と外側のいずれも外れていたのです。 外側の取手が外れており、内側からは絶対に取手が回転しない状態だったので、亡くなった男女2人はサウナ室に閉じ込められた可能性が高いです。また、緊急ボタンを押した形跡がありましたが、反応しなかったとされています。
事故が起きたらしい赤坂サウナのPR動画を見ていたら、金属ドアに木製のDIYっぽいドアノブって怖すぎ。そりゃ「ちょっと待って🖐️」と言いたくなる案件だよな。 pic.twitter.com/sFxsk8n4TM
— 担々麺は汁無しに限る (@no_soup_dandan) 2025年12月16日
せっかくのリラックスタイムに、まさか出口が壊れて出られなくなるなんて、誰が想像できただろう。
密室、かつ高温のサウナ。脱出手段が急に断たれた時の恐怖は計り知れない。本件は亡くなった方々に落ち度はなく、これは明らかに運営側の過失、つまり「人災」であると考える(今現在の情報を見る限りは)。
一方、こうしたニュースを見るたび、私は自分の「直感」を信じてきて良かったと思う。
私は、下手したら命に関わるような「逃げ場のない場所」には最初から行かないと決めている。それは臆病なのではなく、不確実なものに自分の命を預けたくないという、自分なりの生存戦略だ。
例えば、波の荒い海岸や、バックカントリーのスキー。自然の猛威を前にすれば、人間の力などたかが知れている。標高の高い山もそうだ。低酸素と急激な天候変化、そして物理的に救助が届かない場所。何かあった瞬間に、生存の決定権が自分から離れてしまう場所には、最初から足を踏み入れないことにしている。
これは都市部でも同じである。
数年前の梨泰院の事故のように、大勢が集まる路上、地下や高層階のクラブ。出口が限られ、一度パニックが起きれば「詰む」ことが目に見えている場所は避ける。
私の母は、昔からよく「君子危うきに近づかず」と言っていた(孔子の思想らしい)。
幼い頃は古臭い言葉だと思っていたが、これこそが、自分を守るための本質的な知恵であると言える。
サービスを提供する側の「安全管理」なんて、結局は他人の仕事だ。利用する側がどれだけ気をつけていても、今回のサウナの事故のように、信じられないような不備で命を落とすことが現実に起きてしまう。
豪華な内装や、一時の流行、スリル。そんなもののために命をリスクにさらすのは割に合わないと私は思う。
「ここは本当に大丈夫か?」
そう直感した瞬間に、その場所を離れる。あるいは、そもそも近づかない。
自分の命を、他人の怠慢や自然の気まぐれに委ねないこと。
最後は自分の「見る目」だけが自分を守ってくれる。これからも、私はこの基準で過ごしていきたいと思う。
人間、死ぬときはどうやったって死ぬのだろうが、その確率を心がけで少しでも下げたいと思うのだ。
おしまい