
今年も残すところあと僅かとなった。この時期になると、毎年自分の人生を振り返る。
20代前半から30代前半にかけての約10年間、私は恥ずかしながら「女の尻」ばかりを追いかけて生きてきた。自慢にも何にもならないが、積み重ねた経験人数は数百人に達した。当時はそれが人生のプライオリティの最上位にあり、渇望を満たすために街へ出続けていた。
正直に言えば、もう少し若い10代のうちにその熱量に目覚めていれば、もっと早く上がりを迎えられたのかもしれない。しかし、結局はこの歳になるまで、その熱を冷ますためのプロセスが必要だったのだろう。ようやく最近、「もう、いいだろう」という境地に達している。
投下してきた時間と金は計り知れない。高級車の一台や二台、あるいは小さなマンションの頭金くらいにはなっているはずである。だが、後悔の念はない。なぜなら、人生には「その年代でしかできないこと」が確実に存在するからだ。
40代になってから、20代と同じような目標を立ててストリートを徘徊したところで、同じ景色は見えないだろう。相手も同年代に限定されるか、あるいは若い女を抱きたければ相応の対価を払う関係に頼らざるを得なくなる。バイタリティだけで勝負できたあの狂乱の季節は、あの日、あの時、あの場所でしか成立しなかったのだ。
さて、問題はここからだ。今から10年後、20年後の自分から今の40歳という時期を振り返ったとき、私は何と思うだろうか。どうやったら、かつての女遊びのように「やりきった」と笑えるだろうか。
そう考えたとき、今すべきことは明白だ。これからの数年間は、自分の能力を限界まで引き上げ、仕事で圧倒的な成果を出すことに全神経を注ぐべきだ。人生の後半戦における可能性を広げ、選択肢を増やすための地力をつけること。それが今の私にとっての目標である。
そういう意味で、本格的にストリートナンパからは引退すべき時期が近づいているように思う。文字通り、やるだけやった。足が棒になるまで歩いたあの夜の感覚は、もう十分である。時間があればやるかもしれないが、あくまで暇つぶしと軽い運動目的に過ぎない。
幸い、マッチングアプリで知り合った既存の女性たちとの関係も長期化し、落ち着きを見せている。スリルのために新しい誰かを探す必要もなくなった。いよいよ、人生のフェーズが変わったのだと感じる。
来年は、もっと静かで、もっと研ぎ澄まされた場所に身を置きたい。かつて街を彷徨ったあのエネルギーを、すべてこれからの自分の可能性を切り拓くために転用していくつもりだ。
おしまい