2026年は、いくつか新しい習慣を作ろうと思っている。その一つが軽いジョギングだ。ガチのランニングではない。息が上がらず、街を見渡せる程度の速度で淡々と走る。
理由は単純で、40歳になって身体が重たくなってきたからだ。そして、寝ても疲れが取れない。朝起きても、前日の倦怠感が残っている。体力向上というより、生活のリズムを立て直すための「何か」が必要だと感じた。
これまで何度も感じてきたが、習慣は気合いで続けるものではない。生活の中に自然と溶け込むかどうかで決まる。ハードな目標は短期的な達成感はくれるが、長期的には地に足がつかず続かない。その点、軽いジョギングは疲労も残らず、翌日の睡眠も壊さない(仮説)。続けるには、このくらいがちょうどいいだろう。
工夫した点は、このジョギングコースにいつものナンパコースを重ねてみたことだ。主役はあくまでジョギングである。ナンパは「できたらやる」程度で、誰にも声をかけなくてもその日は合格だ。走ったという事実だけで習慣は成立する。
この設計の良さは、意志力をほとんど使わない点にある。ナンパを目的にすると、成果や失敗に感情が引っ張られかねない。しかし走るついでなら違う。「今日は街の空気を見に来ただけ」という逃げ道が常にあり、心理的な重さが消える。
実際の予定はこうだ。終電に合わせて隣町まで電車で行き、そこから20分ほど走る。電車の中ではニュースや購読しているメルマガを読む。走っているときはオーディオブックで情報のシャワーを浴びる。つまり、移動時間も走る時間も、すべて自己投資の時間に変わる。
40代になって痛感するのは、身体の重さが一日の質を決めてしまうことだ。平日の午後、早いうちからだるさと眠気が襲ってくる。会議中でも、デスクワーク中でも、意識が遠のいていくことがある。
軽いジョギングは、その停滞を少しずつ動かすための装置だ。激しい運動で疲れを上塗りするのではなく、適度に身体を動かすことで、むしろ倦怠感を軽くすることが目的だ。
2026年は、意志力で自分を締め上げるのではなく、意志力がなくても回る構造を作る年にしたい。ジョギングは、その最初の一歩としてかなりいい選択肢だと思っている。
おしまい