7Sフレームワークとの関係
8つの特質を見る前に、その背景にある考え方に触れておきたい。
著者らが在籍したマッキンゼーには、7Sフレームワークという有名な分析の枠組みがある。企業を7つの要素で捉えるもので、戦略(Strategy)、組織構造(Structure)、システム(Systems)という目に見えやすい「ハードの3S」と、価値観(Shared Values)、人材(Staff)、スキル(Skills)、スタイル(Style)という目に見えにくい「ソフトの4S」に分かれる。
それまでの経営論は、ハードの3Sを扱うものが多かった。組織図を書き換え、管理制度を整え、戦略を練る。しかし著者らは、実際に優れた企業を訪ね歩いた結果、差がついているのはむしろソフトの4Sの側だと気づく。
8つの特質は、この「目に見えにくい部分」を現場の観察によって具体的な言葉に置き換えたものだ。抽象的な理論ではなく、実際の企業がやっていたことの記述である。ここが本書の面白さであり、同時に後述する弱さでもある。
① 行動の重視
優れた企業は、とにかく動く。
多くの企業は、新しいことを始める前に延々と検討を重ねる。市場調査を行い、会議を開き、稟議を回す。慎重といえば聞こえはいいが、その間に機会は失われる。
エクセレント・カンパニーは違う。完璧な計画を待たず、まず小さく試す。試作品を作り、顧客に見せ、反応を見て直す。失敗しても被害が小さいうちに軌道修正できるからだ。
重要なのは、これが「無計画」とは別物だという点である。考えないのではなく、考えるために動く。机の上で正解を探すより、動いて得た情報のほうが正確だという判断がそこにある。
② 顧客に密着する
優れた企業は、顧客のすぐそばにいる。
顧客の声を聞く、と口で言う企業は多い。だが実際には、アンケートの集計結果を眺めるだけで終わっていることが少なくない。エクセレント・カンパニーの場合、経営陣が自ら顧客のもとへ足を運び、現場の営業やサービス担当が顧客の細かい不満を吸い上げる仕組みを持っていた。
面白いのは、革新的な製品の多くが研究所ではなく顧客との会話から生まれていたという指摘である。技術者が思いつくアイデアより、実際に使っている人が困っていることのほうが、はるかに具体的で切実だからだ。
品質やサービスへの執着も、この延長線上にある。顧客に近いほど、手を抜けなくなる。
③ 自主性と企業家精神
優れた企業は、大企業でありながら小さな会社の集合体のように振る舞う。
企業が大きくなると、意思決定は上に集まり、現場は指示待ちになる。挑戦する人間は減り、前例踏襲が安全になる。これが大企業病である。
エクセレント・カンパニーは、これを組織の作り方で防いでいた。事業を小さな単位に分け、それぞれに大きな裁量を与える。社内に「変わり者」がいることを許容し、公式のプロジェクトでない研究にも目をつぶる。
失敗への態度も特徴的だ。挑戦して失敗した人間を罰しない。罰すれば、誰も挑戦しなくなることを知っているからである。ある程度の無駄を許すことが、結果として大きな成果を生む土壌になる。
④ 〝ひと〟を通じての生産性向上
優れた企業は、現場の社員を生産性の源泉と考える。
これは道徳の話ではない。多くの企業は、生産性を上げる手段として設備投資や管理強化を選ぶ。人はコストであり、管理の対象である。しかしエクセレント・カンパニーは、人を尊重することが最も効率のよい投資だと考えていた。
社員を「従業員」ではなく「仲間」として扱う。成果を称える機会を数多く用意する。現場の提案を実際に採用する。こうした姿勢が、指示されなくても動く社員を生む。
著者が強調するのは、この尊重が形だけでは機能しないという点だ。社員は、経営者が本気かどうかを驚くほど正確に見抜く。制度としての人事施策と、日々の態度の一貫性が問われる。
⑤ 価値観に基づく実践
優れた企業には、揺るがない価値観がある。
どの企業も経営理念を掲げている。だが、額縁に入って壁に飾られているだけの理念に意味はない。エクセレント・カンパニーの価値観は、判断に迷ったときの基準として実際に機能していた。
たとえば「品質第一」という価値観が本物であれば、納期と品質が両立しない場面で、迷わず品質を選ぶ。その選択が繰り返されることで、社員は理念が本物だと理解する。
そして、この価値観を組織に浸透させるのは経営者の仕事である。著者は、優れた経営者は数字の管理者ではなく、意味の伝達者だと述べる。何度も語り、自ら体現する。地味だが、これ以外に方法はない。
⑥ 基軸から離れない
優れた企業は、自分の得意分野にとどまる。
企業が成長すると、多角化の誘惑が生まれる。成長市場に見える分野へ進出したくなる。だが著者の調査では、本業と関係の薄い分野に手を広げた企業ほど成績が悪かった。
理由は明快だ。企業の強さは、長年かけて蓄積された知識や技能に支えられている。まったく畑違いの事業では、その蓄積が使えない。素人として、その分野のプロと戦うことになる。
もちろん、まったく多角化するなという話ではない。既存の強みが活きる隣接分野への展開は、むしろ有効である。判断基準は「儲かりそうか」ではなく「自分たちの強みが通用するか」だ。
⑦ 単純な組織、小さな本社
優れた企業の組織図は、驚くほど単純である。
企業が複雑な問題に直面すると、組織も複雑になりがちだ。担当部署が増え、調整のための会議が増え、本社のスタッフ部門が肥大する。だが著者が見た卓越企業は逆だった。数万人規模の企業でも、本社は百人程度という例が珍しくなかった。
複雑な組織は、それ自体が仕事を生む。誰が決めるのかが曖昧になり、責任の所在が分散する。単純な構造のほうが、決定は速く、責任ははっきりする。
本社が小さいということは、現場に権限があるということでもある。③の自主性とは、組織構造の面で表裏一体の関係にある。
⑧ 厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ
最後の特質は、これまでの7つをまとめる位置にある。
一見すると、これまでの話は矛盾している。価値観を徹底させながら、現場の自由を認める。厳しく管理しているのか、緩やかなのか。
著者の答えは「両方」である。ただし、厳しくする対象と緩やかにする対象が違う。価値観と原則については一切妥協しない。一方で、その価値観に沿っている限り、やり方は現場に任せる。
つまり、譲れない一点を全員が共有しているからこそ、細かい管理を手放せる。逆に、価値観が共有されていない組織では、規則で縛るしかなくなる。緩やかさは、厳しさの結果として生まれる。
本書の問題点と限界
一方で、本書をそのまま「成功企業の科学的法則」として読むのは危険である。
成功企業を後から説明している
本書は、すでに成功している企業を選び、その共通点を調べる方法を取っている。
しかし、同じ特徴を持ちながら失敗した企業が、調査の対象から外れている可能性がある。これは、成功したものだけを見て判断する「生存者バイアス」と呼ばれる問題である。
たとえば、成功企業に強い企業文化があったとしても、その文化が成功の原因だったとは限らない。
事業が成功して社員に余裕や自信が生まれ、その結果として企業文化が強くなった可能性もある。
つまり、成功と企業文化に関係があることは示せても、どちらが原因で、どちらが結果なのかは簡単には判断できないのである。
掲載企業の一部は後に低迷した
本書で優良企業として紹介された会社の中には、その後、経営不振に陥ったり、競争力を失ったりした企業もある。
著者も後年の振り返りで、紹介した企業の一部が倒産や低迷に直面したことを認めている。
どれほど優れた会社でも、永遠に優れているわけではない。
過去に成功した方法へ強くこだわるほど、新しい技術や競争相手への対応が遅れる場合もある。
「基軸から離れない」という考え方も、使い方を誤れば、変化を拒む理由になってしまう。
科学的な法則ではない
著者自身も後年、本書を経営の科学的な法則として扱うべきではなく、判断の材料として役立てるものだと説明している。また、本書の研究は厳密な実証研究というより、優れた企業について最初の仮説を示す探索的な研究だったとしている。
したがって、8つの特質をすべて実行すれば、必ず優良企業になれるわけではない。
業界、会社の規模、競争環境、技術の変化によって、必要な経営方法は異なる。
本書は正解を与える教科書というより、自分の会社を見直すための問いを与える本として読むべきである。
「自社は行動よりも会議を優先していないか」
「顧客よりも社内の事情を見ていないか」
「社員に責任だけを負わせ、権限を与えていないのではないか」
こうした問いを自分の職場に当てはめることで、本書の価値が生まれるのである。
誰に読んでほしいか