スターバックスの経営危機は、単純に景気が悪くなったから起きたわけではない。
同社は1992年に株式を公開した時点では119店舗だったが、2008年には世界43カ国、1万5,000店舗以上にまで拡大していた。猛烈なスピードで成長した結果、組織が巨大になり、社内には官僚的な部分も生まれていた。著者自身もCEO復帰時の社内メッセージで、成長を先回りしたインフラ投資が官僚化につながったと振り返っている。
問題は、店舗数が増えたことそのものではない。成長や効率化を優先するあまり、スターバックスが本来提供していた価値が薄れていったことにあった。
スターバックスの価値は、単にコーヒーを販売することではない。コーヒーの香り、バリスタとの会話、居心地のよい店舗などを含めた「体験」を提供することにあった。自宅でも職場でもない「第三の場所」として、人と人がつながる空間を作ることが強みだった。
しかし、規模が大きくなるにつれて効率やスピードが重視されるようになり、店舗ごとの個性やコーヒーへのこだわりが弱くなっていった。
そこへ2008年前後の厳しい経済環境が重なった。つまり外部環境が突然スターバックスを壊したというより、急成長の中で生まれていた内部の問題が、不況によって一気に表面化したのである。
再生に向けた具体的取組
CEOへ復帰した著者が最初に取り組んだのは、「スターバックスらしさ」を取り戻すことだった。
その象徴が、2008年2月に行った全米店舗の一時閉鎖である。約7,100の直営店を夕方から約3時間閉め、約13万5,000人の従業員を対象にエスプレッソの作り方を再教育した。
営業を続ければ得られたはずの売上を捨ててまで研修を行うのは、普通に考えれば非効率である。しかし著者が伝えたかったのは、「われわれは何の会社なのか」ということだった。
スターバックスはコーヒー会社である。だからこそ、まず一杯のコーヒーをきちんと作るところから再出発したのである。著者はこの研修について、技術を学び直すだけでなく「自分たちが何者なのかを再確認する」意味があると社員へ伝えている。
もちろん、精神論だけで経営が再生するわけではない。
採算の悪い店舗の閉鎖、組織のスリム化、コスト削減も同時に進めた。2008年7月には米国で約600店舗を閉鎖する計画を打ち出し、本社などの人員削減にも踏み切っている。
その一方で、商品や顧客体験への投資はやめなかった。店舗で豆を挽き、一定時間ごとに新しいコーヒーを提供する「パイクプレイス ロースト」を投入するなど、コーヒー会社としての原点を改めて強化した。
つまり著者が行ったのは、単純な「経費削減」ではない。
不要なものは削る。しかし、会社の価値を生み出す部分にはむしろ投資する。
このメリハリこそが、スターバックス再生の大きな特徴である。
改革はすぐに成果が出たわけではない。店舗閉鎖やリストラには大きな費用も必要となり、2008年から2009年は苦しい時期が続いた。
しかし、徐々に業績は回復する。
2009年度の営業利益は約5億6,200万ドルとなり、前年の約5億400万ドルから改善した。さらに2010年度には営業利益が約14億ドルまで増加し、営業利益率も2009年度の5.7%から13.3%へ上昇した。既存店売上高も2009年度の6%減から、2010年度には7%増へと大きく改善している。
もちろん、すべてが一つの施策による成果ではない。しかし、店舗網の整理、業務効率化、商品改革、そして顧客体験への再投資を組み合わせた改革によって、スターバックスは再び成長できる状態を作ったのである。
本書から得られる経営・事業推進の教訓
本書から得られる最大の教訓は、「成長しているからといって、事業が健全とは限らない」ということだ。
売上や店舗数が増えていれば、会社は順調に見える。しかし、その裏側で顧客が自社を選ぶ理由が少しずつ失われていることがある。スターバックスの場合、それがコーヒーの品質や店舗での体験だった。
第二の教訓は、「何を変えるか」と同じくらい「何を変えないか」が重要ということだ。
経営危機になると、企業は経費削減や組織変更など、目の前の数字を改善する施策に走りがちである。しかし、それによって顧客が価値を感じている部分まで削ってしまえば、一時的に利益が改善しても長期的には競争力を失う。
著者は店舗を閉鎖し、人員も削減した。一方で、コーヒーの品質、従業員教育、店舗体験には改めて投資した。守るものと捨てるものを明確に分けたのである。
第三の教訓は、戦略は現場で実行されて初めて意味を持つということである。
「顧客を大切にする」「品質を上げる」と経営者が言うだけなら簡単だ。しかし実際に全米の店舗を閉めてバリスタを再教育するとなれば、売上も費用も犠牲になる。それでも実行したからこそ、会社の本気度が従業員にも伝わった。
そして最後に重要なのが、危機のときほど会社の存在意義を問い直すことである。
「どうすれば利益が増えるか」だけではなく、「そもそも自分たちは何のために存在しているのか」を考える。その答えを起点に戦略や施策を組み立てることが重要である。
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