一匹狼の回顧録

30代の孤独な勤め人がストレスフリーな人生を考える

昔って体罰当たり前だったよな

今日も回顧ネタを。

ブログタイトルが『回顧録』なのに全然回顧していなかったので、たまにはお許しを。

昨日は小中学校時代冷房がなかった話をしたが、小中学校の思い出で特に思い出深いのは日常で受け続けた体罰の記憶である。

小学3年頃から本格的に始まり、中学卒業まで割と激しめの体罰を受けた記憶がある。

ちなみに高校は都内でも有数の進学校に行ったこともあってか、まったく受けた記憶がない。

繰り返すが僕は30代後半のアラサー世代なので、実際体罰を受けたのは20数年前~30年ほど前ということになる。

まー当時は「こんなもんか」と思ってコブやアザができてもすぐに忘れていた。

僕含め、多くの児童・生徒は疑問や反感を持ちながらも教師の指導に従ったし、親たちも教師にクレームをつけることはほとんどなかった。

「通知表」「内申書」の成績は教師の心象で大きく左右されることを知っていたからだ。

 

実は昔から体罰は法律で禁止されていた

2000年代になり、体罰は急に沈静化したイメージがあったので、いつから体罰が禁止されていたか調べてみたのだが、実は大昔から体罰は禁止されていた。

体罰を禁止している法律は学校教育法である。

その第11条に「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」と明記されている。ちなみにこの学校教育法が制定されたのは1947年(昭和22年)である。

 

にもかかわらず、僕の育った東京都では体罰が日常的に行われていた。

そして、体罰と言っても物理的な有形力行使だけを指すのではない。

1949年(昭和24年)年に当時の法務府が「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」という通達を出しており、具体的な体罰を示している。

 

生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得
(1) 用便に行かせなかったり食事時間が過ぎても教室に留め置くことは肉体的苦痛を伴うから体罰となり、学校教育法に違反する。
(2) 遅刻した生徒を教室に入れず、授業を受けさせないことは例え短時間でも義務教育では許されない。
(3) 授業時間中怠けた、騒いだからといって生徒を教室外に出すことは許されない。教室内に立たせることは体罰にならない限り懲戒権内として認めてよい。
(4) 人の物を盗んだり、こわしたりした場合など、こらしめる意味で、体罰にならない程度に、放課後残しても差し支えない。
(5) 盗みの場合などその生徒や証人を放課後訊問することはよいが自白や供述を強制してはならない。
(6) 遅刻や怠けたことによって掃除当番などの回数を多くするのは差し支えないが、不当な差別待遇や酷使はいけない。
(7) 遅刻防止のための合同登校は構わないが軍事教練的色彩を帯びないように注意すること。

 

これを読むと、僕たちが当たり前に受けてきた

・授業中トイレに行かせない

・放課後まで給食を食べさせる

・廊下に立たせる

こういったことはすべて当時から禁じられていた体罰だったのである。

 

今思うと、有形力の有無を問わず、体罰を加えてきた教師は50代後半以上が多かったような。

彼らはまだ戦前式を踏襲した義務教育で体罰を受けてきただろうし、教師になってからの70年代後半~80年代前半という時代は校内暴力が激しかった時代とも聞くし、体罰で抑え込まないと彼らも生きていけなかったのだろう。

 

こうやって自分の幼少期とか10代の頃を思い出すにつき、本当に僕らのような今のアラフォー世代は、バブル崩壊や携帯電話の登場をはじめ、いろいろなことで過渡期を経験してきた世代だと思う。

取り留めもない思い出話となってしまったが、つくづくあらゆる面で今の子どもたちを羨ましいな~と思いつつ、彼らに負けぬようにしっかりと時代にキャッチアップできるようがんばっていきたいものだ。

 

 

おしまい