一匹狼の回顧録

30代の孤独な勤め人がストレスフリーな人生を考える

放課後という自由の王国――外遊び文化の終焉とその記憶

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今日は珍しくブログタイトルに相応しい「回顧録」的な内容をお届けしたい。

2025年5月4日付の日経新聞一面に掲載された記事『スポーツ今や「ぜいたく」』を読んで、昔を回想した。

 

のび太ジャイアンスネ夫が空き地で野球を楽しめたのは昔日の景色」

 

この記事は、スポーツ観戦や習い事の高騰により、子どもが自由にスポーツを楽しめなくなっている「スポーツ格差」の拡大を論じていた。高額なチケット、遠征費、塾やクラブの月謝――今やスポーツは、家計に余裕がある家庭の“特権”になりつつあるという。しかしながら、記事の最後にさらっと添えられたこの一文が、私には妙に心に引っかかった。

 

私の家の近くには、ドラえもんに出てくるような空き地はなかった。けれど、あの「空き地で野球をしている風景」は、どこか懐かしく、身に覚えのある放課後の象徴として、確かに心の中にあった。

私が小学生だった1990年代中盤〜後半――公園や友達の家での外遊びが当たり前だったあの頃は、まだ「子どもだけの放課後」が残っていた最後の時代だったのかもしれない。

ランドセルを玄関に放り投げ、駄菓子を買い、公園で遊び倒し、汗まみれで帰る――あの自由な時間は、今となってはほとんど語られることもなくなった。

 

この記事を読んだことをきっかけに、今回は「放課後文化」――とりわけ、公園や友達の家が担っていた自由な子どもの居場所と、そこにあった“自分たちだけの社会”について、少し立ち止まって振り返ってみたい。

 

公園、友達の家、駄菓子屋――放課後の三種の神器

私の放課後の主戦場は、近所の公園か友達の家だった。ときには缶蹴り、鬼ごっこ、ケイドロ。季節によっては水鉄砲や虫取り網を持って集まり、人数が揃えば三角ベース野球も始まった。

その合間に立ち寄るのが駄菓子屋だった。学校の帰り道、数十円を握りしめて立ち寄り、うまい棒やヨーグルト味のゼリー、30円のスナック菓子などを買い込んでから、誰かの家に向かうのが日常だった。

駄菓子を友達の家で食べながらゲームをする――それが、私たちのちょっとした“ぜいたく”だった。

 

ゲーム機全盛でも、まずは外遊びが通過儀礼だった

当時、スーパーファミコンゲームボーイはすでに爆発的な人気を誇っていた。私自身もゲームボーイを持っていたし、友達の家では「ストリートファイターII」や「マリオカート」が定番だった。

だが、それでも私たちはまず外に出た。というより、「外でひとしきり遊んでからじゃないと、家の中では遊ばせてもらえなかった」からだ。友達の家の親は、外で汗を流して帰ってきた私たちを見て、「あんたたち、ちゃんと遊んできたなら中でゲームしてもいいよ」と言ってくれた。

今振り返ると、それは子どもにとって絶妙なバランスだった。ゲームという受動的な娯楽の前に、能動的に頭と体を使って遊ぶ“儀式”を通過しなければならなかったのだ。

 

怪しい大人もいたが、安心感をくれる大人もいた

もちろん、当時の公園に“怪しい大人”が全くいなかったわけではない。いつも同じ場所に座っている見知らぬおじさん、同じところをウロウロ歩いたり不自然に子どもに話しかけてくる中年男性。そういう存在には本能的に警戒していたし、親や学校からも注意されてはいた。

だが、“安心させてくれる大人”もいた。私がよく通っていた公園の隣には、年配の女性が住んでいた。彼女は窓際で黙々と編み物をしたり洗濯物を取り込んだりしていたが、子どもたちがケンカをすれば声をかけ、危ないことをしていれば窓から注意をしてくれた(というより、怒鳴っているに近かったが)。それでも、その存在は圧力ではなく、どこか温かい「目の届く範囲」の象徴だった。

今で言えば「地域の目」であり、「子どもを見守る社会」が、特別な制度などなくとも、自然に存在していた時代だったのだ。

 

放課後の終焉――失われた子どもたちだけの“社会”

2000年代以降、放課後の風景は静かに、しかし確実に変わっていった。

まず、遊ぶ場所が減った。私の地元では土日も校庭が開放されていたが、共働きの親が増えたからか、ボランティアの親が確保できなくなりいつの間にかなくなったらしい。また、当然親が共働きだと誰かの家に遊びに行くということも少なくなる。公園には、「ボール遊び禁止」「花火禁止」「大声禁止」など、子どもを締め出すようなルールが並んだ。

次に、子どもたちの時間が奪われた。学習塾、英会話、ピアノ、水泳……。共働き家庭の増加とともに、放課後は「空白」ではなく、「予定」で埋められていった。

そして、最も大きいのは、社会全体の「過剰な安全志向」である。子どもだけで公園にいることが不安視され、集合住宅のエントランスに「子どもだけで遊ばないでください」の張り紙が貼られるようになった。

こうして、子どもたちは「自分たちだけの社会」を持つことができなくなった。

 

子どもが社会性を学ぶ“野生の時間”の消滅

私たちが放課後に得ていたものは、単なる遊びの楽しさだけではない。

トラブルを起こして謝る経験、仲間外れにされて悔しい思いをすること、上級生との絶妙な距離感、順番を守る、ルールを作る、守らなかったらどうなるかを知る――それらはすべて、大人の介入なしに育まれていた社会性であり、感情の筋肉である。

今、そうした経験は「習い事」や「先生の指導」という形式を通してしか得られなくなっている。だが、放課後の“野生の時間”で身につけたものとは、やはり質が違うように思える。

 

終わりに――語り継ぐべき「かつてあった自由」

公園での鬼ごっこ、駄菓子屋での買い食い、土日に校庭で子供たちだけでやった野球――それらは、特別なことではなかった。ごく当たり前の、日常の一部であった。

だが、2025年の今、それはすでに“過去の風景”となっている。

大人たちは、子どもに安全と学力を与えることに必死になるあまり、自由と経験を奪ってしまってはいないだろうか。

のび太たちが空き地で野球をしていた時代」が消えたことを、単なるノスタルジーではなく、「何かが失われた」という警鐘として受け止める必要があると私は思う。

 

あの頃、放課後は自分たちのものだった――

その記憶だけは、これからも語り継いでいきたい。

 

おしまい