一匹狼の回顧録

30代の孤独な勤め人がストレスフリーな人生を考える

僕は友達が少ない

今日は「友達」について考えてみたいと思う。

 

僕は昔から友達が少ない。

「友達は大事だ」と物心ついたころから両親や先生に言われてきたのではないだろうか。

だが、本当に友達が多いことが良いことなのだろうか?

  

 

記憶は、遥か幼少期まで遡る。

幼稚園時代から大学時代まで、僕は属するコミュニティ内に、何人か仲の良い男友達がいるにはいた。

彼らとはお互いの家にいって遊んだりしたもしたし、時には長時間自分の人生について語り合ったりもした。

 

しかしながら、そのコミュニティを卒業すると、急速に人間関係は薄れていき、一年後にはほとんど連絡も取らなくなっていた。

こんな特異なのは僕だけというのであれば、僕だけなのだろうが、これを読んでいる皆さんはどうなのだろうか。

 

友達関係を続けていくには、単に「気が合う」というだけでは済まず、同じコミュニティに属するか、そうでなければ、実際に顔を合わす回数が多くなければ継続し得ないと考えている。

 

ちなみに、僕は絶対同窓会には行かない。

過去に一度ずつ、中学・高校の同窓会に行ったことがある。

その時再会した彼ら共通して感じたのが、「昔はよかった」「あの頃に戻りたい」的な発言が多すぎることだ。

どうして彼らはもっと前向きな話題を喋らないのだろうか、と不思議に思ったものだ。

僕らの人生、これからではないか?

「今が一番楽しい」と主張する明らかに僕の姿は浮いていた。

※実際そうであったかはわからないが、少なくともそうすべきだと考えていた

 

自分の思想が汚されるような気がしたので、それから二度と同窓会には行ってない。

本当にうんざりだった。

 

ということで、今、高校時代までの友達の数は「0」だ。

何も問題はない。

 

 

大学時代の話。

大学時代、入学と同時に大学有数のチャラサーに入った。

入ったことに特に理由はないが、一番美人だと思える先輩が声をかけてくれたから、それだけだ。

 

高校時代は、運動部に所属しており、意外なことに遊び仲間(あえて「友達」とは呼ばない)もそれなりにいたので、よく渋谷や新宿で目的もなく遊び回っていた。

そのように、渋谷センター街を庭にしていた(笑)こともあり、彼らのどこがチャラいのかよくわからなかった。(渋谷のギャル&ギャル男を飽きるほど見ていたため)

「まあこいつら普通の学生だな、髪の毛だけ変にみんな金髪にしてるわ」と思ったのが第一印象だった。

事あるごとに大騒ぎしていて、「うるせえな」「何が面白いんだよ」とも思った。

 

一緒にいても、全然面白くないので、新学期早々もう半分やめる気でいた。

こんなに中身のない大人もいるんだな、心底がっかりしたものである。

大学時代は彼女を作り、あとは本を読んで過ごそうと考えていた。

 

その後、GWに新歓(新入生歓迎)合宿なるものがあった。

女の子と泊まりで旅行に行けるということで、若干ヨコシマな気持ちを抱きつつ参加することにした。

 

大学のサークル、少なくとも僕が入会したサークルは、完全なる縦社会であり、先輩の命令は絶対だった。

高校の部活じゃあるまいし、大学生にもなって、先輩の言いなりになるのは御免だった。

 

合宿初日の夜、事件は起きた。

部屋で飲んでいる最中、僕は先輩の男から、「隣の部屋から俺のバッグ持ってこい」と命令を受ける。

 

僕は、意味がよく理解できなかった。

黙って取ってくればかわいい後輩なのだが、ここで僕の社会不適合っぷりが発揮される。

 

 

僕はイケメンと怖い人に弱い。

よって、イケメンかケンカが強そうな男であれば、喜んで取りに行ったのだが、その男が小太り&金髪の明らかに大学デビュー感満載の、イケてない不細工男だったのである。

(こんな人、どこのサークルにも一人はいたでしょう?)

こんな時、みなさんなら黙って言うことを聞いてしまうだろうか。

 

 

この時、僕と小太りのやり取りはこうだ。

ちなみに、たくさんのサークルの人たちが近くで飲んでいる状況下である。

 

「え?自分で持ってくればいいじゃないですか」

 

小太りの顔色が急に変わる。

「何だと!お前誰に口聞いてるんだ!」

 

「お前だよ!(小太りを指差して)」

 

「(キー!)みんな聞いたか!?」

(よくわからない音を発していたが「キー」というような音だった)

 

「イケてない先輩は黙っててくださいよ」

 

ここで、小太りが掴みかかってきた

掴み合いが始まる

「イケてない先輩は黙ってろよ」

「イケてない先輩は黙ってろよ」

僕は殴られながらひたすら連呼した。

 

 

無事、サークルはやめた(というか除名された笑)。

クラスの友達以外にはろくな友人ができないまま、大学時代も過ごすことになる。

(まったく後悔はない、どころか賢明な選択だと思っているが)

 

高校までと違い、無理に人間関係を保つ必要もなかったので、大学時代は本当に居心地がよく楽しかった。

気に入らない人間関係はすぐに切ればいいだけだったから。

とことん、僕は群れるのが好きではなかったのだ。

 

幸い、とても気の合う友人が3人ほどいたので、時間のある時には彼らと過ごした。

 

 

ちなみに、人間関係については、ホリエモンの名著「多動力」にもこんな記載がある。

「自分の時間」を生きるためには「付き合わない人」も明確にしよう。

(第4章 「自分の時間」を取り戻そう)

 優秀な人は一握りだから、他の大多数の人とは群れないイメージがある。

この「多動力」この部分にかかわらず、常識を捨てて楽しい人生を送っていくエッセンスに溢れていて、もう10回は読んでいる。

僕のような社会不適合者、それでも勤め人でいなければいけないという方へぜひ読んで欲しい本である。

 

 

さらに過激なのがこの本。

格闘家の青木選手の「空気を読んではいけない」である。

友達不要論の極致であり、友達が少ないと悩んでいる人は絶対に背中を押してくれるはずw

僕も人間関係で悩んだら必ず読み返している。

 

第1章の表題が「人間関係を始末する」であるw

この選手のことは、この本で初めて知ったのだが、他人に媚びない生き方が同姓としても痺れました。

 

 

以上2冊は僕の愛読書でもあり、いつか詳しく紹介したいと思っている。

 

 

まあ、正直この記事を書くのはかなり抵抗はあった。

かなりヤバイ性格が露呈してしまうから。

まあ、その後たまたま4年間、超まともな子と付き合うことですっかり僕はカドが取れてしまい、平凡な大学生活を送り、平凡な社会人となったんだけど。

 

長くなってきたので、社会人になってからの話はまた次回。

※お前性格ヤバイなという批判はご勘弁を(社会不適合者であることは承知しておりますので)