ビジネス書に飽きてきたので、今日紹介するのは橘玲氏の『80's(エイティーズ)』。
「別冊宝島」の編集者となるまでを綴った回想記で、彼の(おそらく)唯一の自伝的作品ということだ。
「新刊『80's(エイティーズ)』発売のお知らせ」 https://t.co/Ty9bJUNXkG 80年代の個人的な思い出を書いた、私としては(おそらく)唯一の自伝的作品です。
— 橘 玲 (@ak_tch) January 19, 2018
タイトルのとおり、橘玲氏が自身の80年代を回想するように物語が進んでいく。具体的には、1970年代の末に高田馬場駅前のビルの地下の喫茶店で時間を潰すシーンからスタートする。そしてオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた1995年までが彼にとっての「80's」として語られる。『マネーロンダリング』で作家デビューしたのが2002年だから、それよりだいぶ前の話ということになる。今でこそ、経済合理性を徹底的に追求し、人生をロールプレイングゲームのように例える彼だが、この本では少し違った人間臭い一面を垣間見ることができる。
少なくとも、社会人としてのキャリアをスタートする時点では、将来のことをまるで考えていないような若者という印象を受けた。アルバイト先の喫茶店でウェイターとして働き続ければ良いと思っていた時期もあり、結局カネコさんというマクドナルドのやり手社員に言われた通りの方法で、新橋の小さな出版社に職をみつける。
その1年後、編集プロダクションを立ち上げ、国会論争となるほどの雑誌を創刊。その後、地下鉄サリン事件後のオウム真理教独占取材や私立学校に関するスキャンダル記事の出版差止め訴訟など、編集者としての経験を重ねていく。この頃の働き方はとても経済合理的とは言えない泥臭いものだった。
そして、さすがマスメディアの第一線で長年活躍されてきただけあり、単なる回想録を超え、それぞれの話題に関する記述も大変参考になる。例えばオウムに関してはこんな感じだ。
オウム真理教に集まった 「精神世界系」の若者たちも、パーリ語で上座部仏教の経典を学び、密教の修行によって解脱と悟りに至ろうとした。そして彼らは、〝仏教理解の最先端〟にいる覚醒者として、日本の「葬式仏教」を徹底的にバカにした。出家した僧侶が妻帯・肉食・飲酒し、寺を子どもに世襲させるなどということは、小乗仏教はもちろん大乗仏教でもあり得ないのだから、日本の仏教そのものが「破戒」なのだ。これがオウム真理教の「仏教原理主義」で、釈迦の言葉を「ほんとう」とするかぎり、論理的には完全に正しい。オウム真理教に対し既存の仏教教団は「あんなものが仏教であるはずはない」と頑なに対話を拒んだが、その理由はパーリ語も上座部仏教もまったく知らないからで、「原理主義的に正しい仏教」と比較されることを恐れたのだ。
僕はこの80年代をほとんど生きていないのだけれど(一応80年代にこの世に生は受けていたものの、記憶はほぼない)、当時の世間の雰囲気やインターネットがない時代の出版業界の動きなどを知る貴重な資料とも言える。
最後に、本書はあとがきのこの一節で締められる。
振り返ってみれば、バカな頃がいちばん面白かった。だけど、ひとはいつまでもバカではいられない 。そういうことなのだろう。
心から賛同だ。氏も最初から今のような合理的思考を持っていたのではないと知り、なんだか親しみを覚えた。
おしまい