一匹狼の回顧録

30代の孤独な勤め人がストレスフリーな人生を考える

紙の本はなぜ、いまだに「必要」なのか——再読性・所有欲・視認性という3つの効能

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本は情報を得るためのツールである。その意味では、電子書籍の方が圧倒的に合理的だと思う。スマホひとつで何百冊もの本を持ち歩けるし、検索も可能だ。しかも、どこでも読めるし、文字サイズも自在に変えられる。

にもかかわらず、いまだ紙の書籍を選び、書店に足を運び、棚に本を並べ続ける人間が絶えないのはなぜか。合理性を超えた何かがそこにあるということだ。


Kindle本に何十万も課金している私だが、結論から言えば、紙の本は「読む」ためだけのものではない。

むしろ、「生きるを整える道具」として機能する。

以下、3つの観点から、それを説明してみたい。

 

1.パラパラとページをめくれるという“当たり前”の価値

電子書籍には「一度読んだ本の要点をすぐ思い出せる」という利点がある。ハイライト機能や検索窓を使えば、見出しや太字の部分だけをピックアップして再確認することも容易だ。

 

だが、実際にやってみるとわかるのだが、この作業には妙な“テンポの悪さ”がつきまとう。

ページの切り替えに一拍の遅れがある。スクロールする感触も、紙をめくるそれとは全く異なる。指先の抵抗感がない。

私は、そこに“読書体験の希薄化”を感じるのである。


紙の本であれば、ふと思い出した言葉を探しながらパラパラとめくることができる。見開きの構成やレイアウトも含めて、記憶に「空間的に」残っている。

「あのフレーズは確か、後ろの方の右ページにあったな」と、脳内の地図と指先が連動するのだ。


そして重要なのは、紙の本であれば、机の上に“開きっぱなし”にしておけること。枕元に伏せて眠ってもいい。折れ目がつくのが気になるなら栞を挟んだらいい。

いずれにしても、「もう一度、あのページを読みたい」と思ったときに、最短の動作でそこへ辿り着ける構造が、紙にはある。

これは効率の話ではない。思考と感情の流れを止めずに再読できるという意味で、「紙の本の方が速い」のである。

 

2.そこに“在る”だけで気分が変わるモノの力

紙の本には、不思議な魅力がある。とりわけ、内容に深く共感・感動した本であれば、その表紙を目にしただけで気分が変わる。

机の上にあるだけで、心が落ち着く。棚に並んでいるだけで、「ああ、今日も頑張ろう」という気持ちになる。


電子書籍のサムネイルでは、こうはいかない。画面の中に無機質に並ぶジャケット画像は、装丁の質感も、重さも、存在感も伝えてはくれない。

いわば「情報」としての本に過ぎず、「感情を揺さぶる装置」にはならないのである。


また、所有物としての誇りもある。装丁が美しく、部屋に置いて恥ずかしくない。誰かに見られても、「この人、こういう本を読むのか」と思われても構わない。むしろ、それが自分を語る要素になる。


紙の本は、単なる読み物ではなく、「持つことに意味があるプロダクト」である。

お気に入りの1冊をカフェのテーブルに置くときの、あの感覚。中身を開かずとも、表紙だけで何かが伝わるという事実。

電子ファイルには決して宿らない“気配”が、紙の本にはある。

 

3.目が疲れないという、実用的な理由

デジタルは万能ではない。

スマホで本を読むと、どうしても目が疲れる。画面が小さすぎるのだ。

iPadなどのタブレット端末でも、専門書やビジネス書のように図表が多い本では、拡大・縮小を繰り返さねばならず、ストレスが溜まる。


紙の本であれば、すべての要素が「読みやすさ」のために最適化されている。行間、フォント、余白、図表の配置——それら全体が、編集者の手によって「美しく整えられている」。


特に、複雑な情報を処理するときには、「一目で全体を見渡せる」という視認性が圧倒的に重要である。

電子書籍では、見開きのレイアウトを維持するのが難しい。対して紙の本は、最初から「俯瞰すること」を前提にデザインされている。


読書において、内容を理解するだけでなく、身体的に“読みやすい”というのは決定的に重要である。

たとえ便利な機能が多少欠けていようとも、長時間読んでも疲れないという一点において、紙の本は今なお現役なのだ。

 

紙の本は、単なる「旧メディア」ではない

紙の本は、もはや情報伝達の効率性では電子書籍にかなわない。

だが、読むという行為は情報処理だけでは終わらない。人間の記憶や感情、身体感覚と深く結びついている。


パラパラと再読できる構造。所有することで得られる高揚感。目に優しく、長く集中できる紙面設計。

これらは、決してアナログに固執した人間の懐古趣味ではない。むしろ、「人間という不完全な生き物に最適化された設計」である。


電子書籍はスマートで速い。だが、紙の本には「重さ」がある。その重さは、単に物理的な質量ではない。

記憶の重さ、思考の重さ、そして生きてきた証の重さだ。


私はこれからも、電子と紙を併用していくだろう。

だが、人生の節目に出会った1冊、心を動かされたあの1冊だけは、やはり紙で手元に置いておきたいと思う。

それは「読むための本」ではなく、「生き方を思い出すための本」だからだ。

 

おしまい