
地方に左遷された。
そのときは、そう思っていた。
キャリアの袋小路、居場所を失った無言の通告。30歳に差し掛かった私にとって、それは職場という世界から切り離されたような体験だった。かつての仲間たちは東京で昇進していき、私は片道3時間の山道を黙って走る。季節外れの雪と、見知らぬ土地のコンビニしかない風景。
しかし今なら断言できる。この左遷が、私の人生を変えた。いや、取り戻させてくれたのだ。
理由はひとつ。車中で、オーディオブックを聴きはじめたことだ。
ということで、2日連続で私のオーディオブック愛について語りたい。
ルート営業という「孤独な贅沢」
営業車の助手席に誰かが乗っていることは稀だった。地方の取引先を回るルート営業は、ほとんどが単独行動。ハンドルを握る手は孤独そのもので、何か音を流していないと、思考が曇っていく。というか、「俺はこんなところで何やっているんだ」感で悲しくなるのだ。
最初はラジオ。次にiPhoneのプレイリスト。しかしどこか物足りない。心のノイズは消えても、何かが積み上がる感覚がない。そんなとき、スマートフォンのアプリに並ぶ“オーディオブック”というジャンルが、ふと目に留まった。
「耳で読む本」──当初は半信半疑だった。しかし、あるビジネス書を再生した瞬間、車内の空気が変わった。ナレーションの声が、脳の中にスッと入ってくる。ページをめくる手間も、目を酷使する疲労もない。ただ、言葉が流れ込んでくる。
それからの私は、ひたすら定番書を聴き続けた。
耳に叩き込んだ定番たち
まずは『7つの習慣』。この本の本質は「読む」のではなく「染み込ませる」ことにある。オーディオブックはその点で非常に相性が良かった。繰り返し何十回も聴くうちに、自分の反応や口ぐせに変化が現れはじめた。学生時代に読んで全く理解できなかった内容が左遷された当時、不思議とスッと入ってきたことを覚えている。
『思考は現実化する』(現:『巨富を築く思考法』)は、車中で聴くと、まるでナポレオン・ヒルが隣で自分を鼓舞してくれているようだった。単なる精神論ではなく、思考と行動の一致にこそ人生のレバーがあるという言葉が、雪道を走る私の心に火を灯した。
『転職の思考法』も印象的だった。本書が教えるのは、会社にしがみつくのではなく、“市場価値”を意識してキャリアを選びなおす視点である。まさに私は、その転換点にいた。移動中の時間が「人生戦略の会議室」になった。
この他にも、『嫌われる勇気』『反応しない練習』『LIFE SHIFT』など、数え切れない名著を“耳”で味わった。ビジネス書の多くは構成が明快で、音声によるインプットに向いている。倍速で聴き流すことで、1日で1冊聴き終えることも珍しくなくなった。
耳で読んで、転職に成功した
こうして約5年間、私は“営業車内=音声学習空間”を自分に課した。目立たないし、誰にも気づかれない。だが、内側は変わっていった。語彙、思考の筋道、視座。それが面接で如実に現れたのを、今でも覚えている。
自己紹介ひとつとっても、話し方が違う。「なぜ転職を?」という問いに、前よりも一歩深く答えられるようになっていた。オーディオブックによって蓄積された“言葉のストック”が、私を“面接に強い自分”へと仕立て上げていた。
そして、新たな企業への転職が決まった。東京のど真ん中勤務への復帰だった。
あの「左遷の5年間」がなければ、今の私はいないと断言できる。
行き詰まった若手よ、あえて“田舎勤務”を選べ
今の仕事に違和感を持っている若手社員がいたら、私はこう助言したい。
「もし地方に飛ばされたなら、むしろチャンスだ」と。
全国転勤があるJTCに在籍しているなら、今や地方勤務で給料が上乗せされるパターンすらある。住宅補助も手厚く、むしろ“都市より裕福な生活”ができるケースもあるのだ。
だが何よりの魅力は、「耳が自由になる時間」が手に入ることだ。
都市の満員電車では不可能な“思考の余白”が、田舎の営業車にはある。そこにオーディオブックを流せば、1日2〜3時間は自己投資が可能だ。しかも、続けるほどに言語化能力も高まり、転職・昇進・独立といった次のステージに活かされる。
左遷も、配属も、出世競争の敗北も──
見方を変えれば、静かに自分を鍛える“知の隠し砦”となる。
おわりに──静かに、だが確実に
私は、左遷されたことに今では感謝している。
誰も見ていない場所で、ひとり言葉を蓄え、考え方を鍛え、人生を再構築したからこそ、今の私がある。
地方に行くこと、孤独な車内にいること、それは“情報遮断”ではない。むしろ“情報選択”の自由があるということだ。そして、オーディオブックはその自由を最大限に活かす武器である。
「時間がない」と嘆く前に、「耳は空いているか?」と問うてみてほしい。
人生を変える第一歩は、案外カーステレオの再生ボタンから始まるのかもしれない。
おしまい


